15年ぶりのシアトルで感じた治安を、数字で確かめた

午後に空港へ着いて、地下鉄に乗った。2024年の7月である。シアトルには2007年から2009年まで海外学振の研究員として暮らしていた。当時、空港から市街へ向かうにはバスで時間がかかった。それが今は、ダウンタウンを抜けてワシントン大学まで鉄道で行ける。15年ぶりの街は、確かに便利になっていた。その日はダウンタウンで一泊して、翌朝、同じ駅からまた地下鉄で大学へ向かう予定だった。
その翌朝、8時台の明るい時間に、ダウンタウンの駅の前で私は早足になった。出入り口のまわりに人が溜まっていて、ドラッグをやっているのか、様子が普通ではない。直接何かをされたわけではない。ただ、何をされるかわからないという感じがあった。足が勝手に速くなり、そのまま駅の中に入った。大学の駅も空港の駅も、着いてみれば何ということはなかった。妙な空気があったのは、ダウンタウンだけだった。
住んでいた頃も、夜道は歩かないようにしていた。移動は車が基本で、それはこの国の街では普通のことだ。だが明るい時間は別だった。用がなくても街の中心部を歩き、ガラス張りの店をのぞいて回るのが楽しかった。その中心部で、今回はガラスの店が板で塞がれているのを見た。荒らされるので閉めている、ということらしい。
大学のビルの中の自販機で水を買おうとして、値段に少しひるんだ。記憶にある値段の何倍かに見えた。調べると、アメリカの物価はこの15年で5割近く上がっていて、円安を掛ければ日本人の財布には倍である。何倍かは大げさでも、倍は本当だった。
帰国してから、「治安が悪くなった」という自分の実感を数字で確かめてみた。ここで予想が外れた。私が駅前で恐れたのは、要するに路上で襲われることで、犯罪の分類でいえば強盗にあたる。シアトルの強盗の件数は、住んでいた頃とほとんど変わっていない。人口は2割増えているから、率にすればむしろ下がっている。安心して暮らしていたあの頃より、早足で通り過ぎた今のほうが、強盗には遭いにくい計算になる。
では体感がまるごと間違いかというと、そうでもない。暴力犯罪の全体では、住んでいた頃より4割ほど高い。殺人は倍になっている。急に増えたのは2021年だという。恐れたものは減っていて、恐れていなかったものが増えていた。
そういえば、大学で会った元同僚が、パンデミックで変わった、というようなことを英語で言っていた。日本語の会話なら「コロナで」と言うところだが、彼はパンデミックという語を使った。構内に入ってドラッグをやる者がいて困っている、という話もあった。一方で、近くにGoogleなどの拠点ができて、羽振りのいい人も増えて家賃も高騰したという。今調べてみると、地元のMicrosoft、Amazonは当然として、Google、Apple、Metaまで進出してきたらしい。GAFAMが勢揃いしているではないか! 豊かになる人と職や家を失う人が、同じ街で同時に増えている。二年前に聞いた話なので、細部はもう覚えていない。ただ、変わったのが2021年前後だという数字とは、よく一致する。
駅前にいた人たちには、それぞれの事情があるのだろうと思う。一方的に悪く言うのははばかられる。ただ、事情を思いやることと、怖いと感じることは、また別だ。
次にシアトルへ行くことがあれば、私はまたあの地下鉄に乗る。便利なのだから使わない理由がない。そしてダウンタウンの駅を出たら、たぶんまた早足になる。強盗が減っていることは、もう知っているのだが。
